小の中心から4番目 91 - 180

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    小の中心から4番目 91 - 180

     

    ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録の計7巻がつづき合計30巻をひとつの節とするように書かれています。そのことを基にして順番を定めていきます。

    30巻の節に漏れたほかの巻のことについては特に書かれていないような印象がありますので31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻を補巻として順番をつけるのが今のところ妥当だとしてひふみを展開いたします。

    すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

    993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

    993÷30=33あまり3

    33個の小の中心があることがわかります。

    この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

    今回は小の中心から数えて4番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

     

    一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

    *この場合の中心の帖は十五帖と十六帖の2つの帖であることが判明してますので、読み直しを上下ひっくり返すとこの十五帖と十六帖の小の中心から展開して読み直してくださいというカイであることがわかります。あとは同じように三十帖ずつ区切った場合の小の中心を定めてそこから読み直すだけです。どんどん進めていきましょう。

     

    小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

     

     

    1(火)帖から30(水)帖まで(91−120)

    小の中心から4目 102と109

    まつりまつりと、くどく申して知らしてあるが、まつり合はしさへすれば、何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、悪も善もないのぞ、まつれば悪も善ぞ、まつらねば善もないのぞ、この道理分りたか、祭典と申して神ばかり拝んでゐるやうでは何も分らんぞ。そんな我れよしでは神の臣民とは申せんぞ、早うまつりて呉れと申すこと、よくきき分けて呉れよ。われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ、鼻高となればポキンと折れると申してある道理よく分らうがな、この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは、慢心と取りちがひは調和(まつり)の邪魔になるからぞ。ここまでわけて申さばよく分かるであろう、何事も真通理(まつり)が第一ぞ。八月の二十九日、 の一二 。(富士の巻 第22帖 (102) 3-22)

     

    これまでの改造は膏薬(こうやく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、文(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな、富や金(きん)を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも分りては居らんのざぞ、星の国、星の臣民 今はえらい気張り様で、世界構うやうに申してゐるが、星ではダメだぞ、神の御力でないと何も出来はせんぞ。八月三十一日、一二 。(天つ巻 第02帖 (109) 4-2)

     

     

    1(火)帖から30(水)帖まで(121−150)

    小の中心から4目 132と139

    今に臣民 何も言へなくなるのざぞ、神烈しくなるのざぞ、目あけて居れんことになるのざぞ。四つン這ひになりて這ひ廻らなならんことになるのざぞ、のたうち廻らなならんのざぞ、土にもぐらなならんのざぞ、水くぐらなならんのざぞ。臣民可哀さうなれど、かうせねば鍛へられんのざぞ、この世始まってから二度とない苦労ざが、我慢してやり通して呉れよ。九月十日、ひつくのか三。 (天つ巻 第25帖 (132) 4-25)

     

    今は闇の世であるから夜の明けたこと申しても、誰にも分らんなれど、夜が明けたらなる程さうでありたかとビックリするなれど、それでは間に合はんのざぞ、それまでに心改めておいて下されよ、この道信ずれは、すぐよくなると思うてゐる臣民もあるなれど、それは己の心のままぞ、道に外れたものは誰れ彼れはないのざぞ、これまでのやり方スックリと変へねば世は治まらんぞと申してあるが、上の人 苦しくなるぞ、途中の人も苦しくなるぞ、お (かみ)のいふこときかん世になるぞ。九月の十六日、ひつ九のか三。 (地つ巻 第02帖 (139) 5-2)

     

     

    1(火)帖から30(水)帖まで(151−180)

    小の中心から4目 162と169

    新しくその日その日の生まれ来るのぞ、三日は三日、十日は十日の神どの守るのざぞ、時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、この方とて時節にはかなはんことあるのざぞ。今日なれば九月の二十八日であるが、旧の八月十一どのを拝みて呉れよ、二十八日どのもあるのざぞ。何事も時待ちて呉れよ、炒豆(いりまめ)にも花咲くのざぞ、この世では時の神様、時節を忘れてはならんぞ、時は神なりぞ。何事もその時節来たのざぞ、時過ぎて種蒔いてもお役に立たんのであるぞ、草物いふぞ。旧の八月の十一日、ひつ九のか三。 (地つ巻 第25帖 (162) 5-25)

     

    仕組通りに出て来るのざが大難を小難にすること出来るのざぞ。神も泥海は真っ平ぞ、臣民喜ぶほど神うれしきことないのざぞ、曇りて居れど元は神の息入れた臣民ぞ、うづであるのぞ。番頭どの、役員どのフンドシ締めよ。十月の七日、ひつ九のか三。 (地つ巻 第32帖 (169) 5-32)

     

     


    小の中心から4番目 1 - 90

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      小の中心から4番目 1 - 90

       

      ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録がつづき計7巻で合計30巻をひとつの節とします。

      31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻が補巻として添えられています。

      すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

      993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

      993÷30=33あまり3

      33個の小の中心があることがわかります。

      この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

      今回は小の中心から数えて4番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

       

      一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

       

      小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

       

       

      1(火)帖から30(水)帖まで(1−30)

      小の中心から4目 12と19

      大将を誰も行かれん所へ連れて行かれんやうに、上の人、気をつけて呉れよ。この道はちっとも心ゆるせんまことの神の道ぞ。油断すると神は代りの身魂使うぞ。六月の二十一日の朝、ひつくのか三。(上つ巻 第12帖 (012) 1-12)

       

      神の国 の山に 祭りて呉れよ、祭るとは神にまつらふことぞ、土にまつらふことぞ、人にまつらふことぞ、祭り祭りて嬉し嬉しの世となるのぞ、祭るには先づ掃除せねばならんぞ、掃除すれば誰にでも神かかるやうに、日本の臣民なりて居るぞ、神州清潔の民とは掃除してキレイになった臣民のことぞ。六月二十七日、一二 。(上つ巻 第19帖 (019) 1-19)

       

       

      1(火)帖から30(水)帖まで(31−60)

      小の中心から4目 42と49

      初めの御用はこれで済みたから、早うお山開いて呉れよ。お山開いたら、次の世の仕組書かすぞ、一月の間に書いて呉れた神示(ふで)は「上つ巻」として後の世に残して呉れよ、これから一月の間に書かす神示は次の世の、神の世の仕組の神示ざから、それは「下つ巻」として後の世に残さすぞ、その積りで気をつけて呉れよ。御苦労なれども世界の臣民の為ざから、何事も神の申すこと、すなをに聞いて下されよ。七月の九日、ひつくのか三かく。

      (上つ巻 第42帖 (042) 1-42)

       

      この神示(ふで)読んでうれしかったら、人に知らしてやれよ、しかし無理には引張って呉れるなよ。この神は信者集めて喜ぶやうな神でないぞ、世界中の民みな信者ぞ、それで教会のやうなことするなと申すのぞ、世界中大洗濯する神ざから、小さいこと思うてゐると見当とれんことになるぞ。一二三祝詞(ひふみのりと)するときは、神の息に合はして宣(の)れよ、神の息に合はすのは三五七、三五七に切って宣れよ。しまひだけ節(ふし)長くよめよ、それを三たびよみて宣りあげよ。天津祝詞の神ともこの方申すぞ。七月十五日、一二 。(下つ巻 第07帖 (049) 2-7)

       

       

      1(火)帖から30(水)帖まで(61−90)

      小の中心から4目 72と79

      八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。八月二日、ひつくのかみ。(下つ巻 第30帖 (072) 2-30)

       

      世が変りたら天地光り人も光り草も光り、石も物ごころに歌ふぞ、雨もほしい時に降り、風もほしい時に吹くと雨の神、風の神 申して居られるぞ。今の世では雨風を臣民がワヤにしているぞ、降っても降れず、吹いても吹かん様になりてゐるのが分らんか。盲つんぼの世の中ぞ。神のゐる場所塞いで居りて お蔭ないと不足申すが、分らんと申しても余りであるぞ。神ばかりでもならず、臣民ばかりではなおならず、臣民は神の入れものと申してあろが、あめのひつくの民と申すのは、世界治めるみたまの入れもののことぞ、民草とは一人をまもる入れものぞ、ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのざから、可哀そうなれど我慢して呉れよ、その代り御用つとめて呉れたら、末代名を残して、神からお礼申すぞ。何事も神は帳面につけとめてゐるのざから間違ひないぞ、この世ばかりでないぞ、生れ代り死に代り鍛へてゐるのぞ、ひつくの臣民 落ちぶれてゐると申してあろがな、今に上、下になるぞ、逆立ちがおん返りて、元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、逆立ち苦しかろがな、改心した者から楽にしてやるぞ、御用に使ふぞ。八月三日、ひつ九のか三。(下つ巻 第37帖 (079) 2-37)

       


      Nightcore - 89ers - Go Go Go

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        素直になれなくて / シカゴ / 歌詞

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          We re all alone 訳詞付 Boz Scaggs

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            糸 - 中島みゆき

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              小の中心から3番目 811 - 993

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                小の中心から3番目 811 - 993

                 

                ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録がつづき計7巻で合計30巻をひとつの節とします。

                31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻が補巻として添えられています。

                すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

                993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

                993÷30=33あまり3

                33個の小の中心があることがわかります。

                この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

                今回は小の中心から数えて3番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

                 

                一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

                 

                小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(811−840)

                小の中心から3番目 823と828

                順と区別さへ心得て居れば、何様を拝んでもよいと申してあろうが。日の神様ばかりに囚われると判らんことになるぞ。気付けおくぞ。それでは理(ミチ)にならん。父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ。おかげないぞ。おかげあったらヨコシマのおかげと心得よ。手だけ尊んではいかん。足だけ尊んでもいかん。一切に向って感謝せよと申してあろうが。門もくぐらず玄関も通らずに奥座敷には行かれん道理。順序を馬鹿にしてはならんぞ。いつ迄門に立っていても何もならん、お出直しぢゃ。川がなければ水流れん道理。始はカタふんで行かなならんぞ。(ひつくの神二月三日) (春の巻 第23帖 [(680)→679 27-23] *(823))

                 

                親子、夫婦、兄弟姉妹と生れても逆縁あるぞ。カタキ同士 結ばれることあるぞ。それは神の大き恵みぞ。それに打ちかって、新しき生命うみ出してつかへまつれ。体験ないところに宗教はない。(春の巻 第28帖 [(685)→684 27-28] *(828))

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(841−870)

                小の中心から3番目 853と858

                どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれと申すもの沢山でてくるが、何も六ヶ敷いこと神は申さん。現在を足場として一歩づつ進めばよいのぢゃ。それでは食って行けんと申すものあるが、神はあり余るほど与へてあるでないか。何故、手出さんのぢゃ。与へたもののみが自分のものぞ。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐるぞ。幸福与へてあるに何故手出さんのぢゃ。曲げてとるのぢゃ。心の目ひらけよ。ゴモク投げ出せよ。我の強い守護神どの、もう我の世はすんだぞ。我出すほど苦しくなるのぢゃ。(春の巻 第53帖 [(710)→709 27-53] *(853))

                 

                心の洗濯 早ういたして 太 (オオヒツキ)太神様に、殊に育ての、生みの親さま 九二十九十千(クニトコタチ)の大神様の御実体を理解せねば、自分でいくら頑張っても やりそこないぢゃ。われがわれがと思ふてゐるなれど、皆このほうがかげからさしてゐるのに気づかんのか。おわびせよ。と申せば、そんな悪いことした覚えないと申すが、何処迄くもったのぢゃ。神にささげるには、自分に与へられたものの中から ささげねばならんぞ。むさぶり取ったり横取りしたり、自分のものでないもの、もうけたカスを神にささげて威張ってゐるが、それはささげ物にならん。神は受け給わんぞ。泥棒のお残りちょうだいは真平ぢゃ。自分のもの先づささげるから弥栄えるのぞ。おかげ万倍間違ひなし。(春の巻 第58帖 (715)→714 27-57 *(858))

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(871−900)

                小の中心から3番目 883と888

                無限のものと、有限のものと、ムとウとをまぜまぜにして考へるから、人民の頭は兎角ウになりがちぢゃぞ。慾、浄化せよ。(夏の巻 第23帖 (739) 28-23 *(883))

                 

                霊界での現れは同じであっても、現実界に現れる時は違ふことあるぞ。それはモノが異なるからぞ。二二はもとのキぞ。ナルトとはその現れのはたらき。(秋の巻 第03帖 (744) 29-3 *(888))

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(901−930)

                小の中心から3番目 913と918

                霊はものにつくと申してあろう。払ひするときはモノにつけて、モノと共にせよ。共に祓へよ。これほどマコト申しても、残る一厘はいよいよのギリギリでないと申さんから、うたがふのも無理ないなれど、見て御座れよ。神の仕組 見事成就いたすぞ。一厘のことは知らされんぞと申してあろう。申すと仕組成就せんなり。知らさんので、改心おくれるなり、心の心で取りて下されよ。肉体は霊の衣と申してあらう。衣が霊を自由にしてはならんぞ。衣には衣の約束あるぞ。衣ぢゃと申して粗末してはならん。何れも神の現れであるぞ。内には内の内があり、外には外の外があるぞ。人ほめよ。人ほめることは己ほめることぞ。この巻、秋の巻。四月十一日、ひつく神。(秋の巻 第28帖 [(769) 29-28] *(913))

                 

                冬の巻 第05帖 [(774) 30-5] *(918)
                <未発表のため欠帖>

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(931−960)

                小の中心から3番目 943と948

                逃げ道つくってから追わねばならん。そなたは相手の逃げ道をふさいでギュウギュウ追ひつめるから逆うらみされるのぢゃ。逆うらみでも恨みは恨みの霊団をつくり出すぞ。
                 悪を抱けよ。消化せよ。浄化せよ。何も彼も太神の許し給えるものなるが故に存在する。
                 そなたは神にこり固まってゐるぞ。こり固まると動きのとれんことになる。一度そなたのもつ神をすてるとよいぞ。すてると掴めるぞ。(
                月光の巻 第12帖 [(799) 31-12] *(943))

                 

                そなたの仕事、思いつき結構であるが、神の御意志を頂かねば成就せん。神と申しても、そなたが勝手にきめた神や宗教で固めた制限された神ではないぞ。判っただけでは駄目ぞ。行じねばならん。生活しなければならん。芸術しなければならん。(月光の巻 第17帖 [(804) 31-17] *(948))

                 

                 

                1(火)帖から30(水)帖まで(961−990)

                小の中心から3番目 973と978

                未来にもえることが現在に生きることであるぞ。そなたは現在に生きる努力が足らん。夢ばかり追ってゐてはうたかたぢゃ。そなたは先祖に対する考へ方が間違ってゐるぞ。先祖はそなたではないか。地下にあるそなたの根が先祖でないか。根のない草木はすぐ枯れる道理ぢゃ。先祖は家をついだ兄がまつってゐるから、分家した自分は先祖はまつらいでもよいのぢゃと申して御座るなれど、よく考へて下されよ。根から芽が出て幹となり枝が栄えてゐるのと同様ぞ。枝には根はいらんと申すのと同じような間違ひであるぞ。分家しても先祖まつらねばならん。先祖をおろそかにするでないと、気付けてあるでないか。(月光の巻 第42帖 [(829) 31-42] *(973))

                 

                八のつく日に気つけと申してあろう。八とはひらくことぞ。ものごとはひらく時が大切ぢゃ。第一歩の前に 歩があるぞ。 歩が大切ぞ。心せよ。そなたは行き詰って苦しんで御座るなれど、それは間違った道を歩んで来たからぞ。行き詰りは有りがたいぞ。省みる時を与えられたのぢゃ。ミタマ磨きさえすれば何ごともハッキリとうつりて、楽に行ける道がちゃんとつくってあるのぢゃ。その人その人に応じて如何ようにでも展け行くぞ。犬猫でさえ楽々と栄えてゐるでないか。洗濯次第でどんな神徳でも与えるぞ。二月十八日。(月光の巻 第47帖 [(834) 31-47] *(978))

                 

                 

                月光の巻 第60帖 [(847) 31-60] *(991)
                そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、無邪気なものぢゃのう。自分の力がかくせぬようでは、頭に立つこと出来んぞ。何も彼も出して了ったのでは味がなくなるぞ。そなたはよく祈る。祈ることは結構であるなれど、祈るばかりでものごと成就せんぞ。為すには先づ祈らねばならんが、そなたはそなたの神にのみ祈ってゐるぞ。為すのは己であるから、己にゐのらねばならんぞ。己に祈りた後、己が為さねばならんぞ。乳房与えられても自分で吸はねば自分の身にはつかぬ道理ぢゃ。だが、為したのみでは未だ足らんぞ。時々は省みなければならんぞ。そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、心と行と口と三つそろはねばならん。三つ揃ふて拝むならば、どんなものでも与へられるのぢゃ。拝む所へ ものは集まってくる。神も集まってくる。足らぬものなくなるぞ。余ることなくなって、満たされるのが まことの富ぢゃ。清富ぢゃ。

                 

                g.そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、無邪気なものぢゃのう。清富ぢゃ。余ることなくなって、満たされるのが まことの富ぢゃ。足らぬものなくなるぞ。神も集まってくる。拝む所へ ものは集まってくる。三つ揃ふて拝むならば、どんなものでも与へられるのぢゃ。そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、心と行と口と三つそろはねばならん。時々は省みなければならんぞ。だが、為したのみでは未だ足らんぞ。乳房与えられても自分で吸はねば自分の身にはつかぬ道理ぢゃ。己に祈りた後、己が為さねばならんぞ。為すのは己であるから、己にゐのらねばならんぞ。為すには先づ祈らねばならんが、そなたはそなたの神にのみ祈ってゐるぞ。祈ることは結構であるなれど、祈るばかりでものごと成就せんぞ。そなたはよく祈る。何も彼も出して了ったのでは味がなくなるぞ。自分の力がかくせぬようでは、頭に立つこと出来んぞ。

                 

                 

                月光の巻 第61帖 [(848) 31-61] *(992)
                そなたの苦労は取越し苦労。心くばりは忘れてならんなれど、取越し苦労、過ぎ越し苦労はいらん。そうした苦労は、そうした霊界をつくり出して、自分自身がいらぬ苦労をするぞ。何ごとも神にまかせよ。そなたはまだ神業の取違ひして御座るぞ。そなたの現在与えられてゐる仕事が神業であるぞ。その仕事をよりよく、より浄化するよう行じねばならんぞ。つとめた上にもつとめねばならん。それが御神業であるぞ。そなたはそなたの心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なるのぢゃ。コト正して行かねばならんぞ。苦を楽として行かねばならん。苦と心するから苦しくなるのぢゃ。楽と心すれば楽と出てくるのぢゃ。ちょっとの心の向け方、霊線のつなぎ方ぞ。そなたは悪人は悪人ぢゃ、神として拝めとは無理ぢゃと申してゐるが、一枚の紙にも裏表あるぞ。そなたはいつも裏ばかり見てゐるから、そんなことになるのぢゃ。相手を神として拝めば神となるのぢゃ。この世は皆神の一面の現われであるぞ。

                 

                g.そなたの苦労は取越し苦労。この世は皆神の一面の現われであるぞ。相手を神として拝めば神となるのぢゃ。そなたはいつも裏ばかり見てゐるから、そんなことになるのぢゃ。そなたは悪人は悪人ぢゃ、神として拝めとは無理ぢゃと申してゐるが、一枚の紙にも裏表あるぞ。ちょっとの心の向け方、霊線のつなぎ方ぞ。楽と心すれば楽と出てくるのぢゃ。苦と心するから苦しくなるのぢゃ。苦を楽として行かねばならん。コト正して行かねばならんぞ。そなたはそなたの心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なるのぢゃ。それが御神業であるぞ。つとめた上にもつとめねばならん。その仕事をよりよく、より浄化するよう行じねばならんぞ。そなたの現在与えられてゐる仕事が神業であるぞ。そなたはまだ神業の取違ひして御座るぞ。何ごとも神にまかせよ。そうした苦労は、そうした霊界をつくり出して、自分自身がいらぬ苦労をするぞ。心くばりは忘れてならんなれど、取越し苦労、過ぎ越し苦労はいらん。

                 

                 

                月光の巻 第62帖 [(849) 31-62] *(993)
                そなたは現実世界のことばかりより判らんから、現実のことばかり申して、一に一たす二だとのみ信じてゐるが、現実界ではその通りであるが、それが平面の見方、考へ方と申すもの、いくら極めても進歩も弥栄もないのぢゃ。一に一たす一の世界、一に一たす無限の世界、超現実、霊の世界、立体の世界、立立体の世界のあることを体得せねばならんぞ。そなたは心をもって居ろうがな。心があれば心の属する世界のある道理は判るであろうが。心で描いて、心で先づつくり出してから行為することも、その順序も判るであろうがな。心のうごきが先で、肉体がその後でうごくことも判って居ろうがな。心の世界にないものは物質の世界にない道理も判って居ろうがな。何故に迷ふのぢゃ。霊界が主で現界が従であること、判って下されよ。逆立してそなた自身で苦しんでゐること、早う得心して、うれしうれしで暮して下されよ。三月三日。

                 

                g.そなたは現実世界のことばかりより判らんから、現実のことばかり申して、一に一たす二だとのみ信じてゐるが、現実界ではその通りであるが、それが平面の見方、考へ方と申すもの、いくら極めても進歩も弥栄もないのぢゃ。三月三日。逆立してそなた自身で苦しんでゐること、早う得心して、うれしうれしで暮して下されよ。霊界が主で現界が従であること、判って下されよ。何故に迷ふのぢゃ。心の世界にないものは物質の世界にない道理も判って居ろうがな。心のうごきが先で、肉体がその後でうごくことも判って居ろうがな。心で描いて、心で先づつくり出してから行為することも、その順序も判るであろうがな。心があれば心の属する世界のある道理は判るであろうが。そなたは心をもって居ろうがな。一に一たす一の世界、一に一たす無限の世界、超現実、霊の世界、立体の世界、立立体の世界のあることを体得せねばならんぞ。


                小の中心から3番目 721 - 810

                0

                  小の中心から3番目 721 - 810

                   

                  ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録がつづき計7巻で合計30巻をひとつの節とします。

                  31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻が補巻として添えられています。

                  すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

                  993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

                  993÷30=33あまり3

                  33個の小の中心があることがわかります。

                  この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

                  今回は小の中心から数えて3番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

                   

                  一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

                   

                  小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

                   

                   

                  1(火)帖から30(水)帖まで(721−750)

                  小の中心から3番目 733と738

                  心、入れかへ奥山へ参りて、その場で荷物を持たすやうになるから、ミタマを十分磨いておいて下されよ。神が力添へるから、どんな見事な御用でも出来るのであるぞ。(一月三日)一二十 (黄金の巻 第79帖 [(590)→589 24-79] *(734)→733)

                   

                  神は人民に改心さして、世の立替立直し致さうと思うたのであるが、曇りがあまりにひどいから、何事のびっくりが出るか、もう神も堪忍袋の緒 切れたぞ。人間が恨みや怒りもつと、その持物までが争ふことになるぞ。早う気持から洗濯して下されよ。死んでも続くぞ。結構に始末せねばならん。上に立つ者 余計に働かねばならん時来てゐるぞ。いくら古くから信心してゐると申しても【肝腎】が判りて居らんと何もならん。よい御用出来ん。想念の自由とは神に向上する より上の、よりよき方に進む自由であるぞ。どの世界の人民も自由もつ。(一月三日) (黄金の巻 第84帖 [(595)→594 24-84] *(738))

                   

                   

                  1(火)帖から30(水)帖まで(751−780)

                  小の中心から3番目 763と768

                  一切に向って涙せよ。ざんげせよ。一切を受け入れ、一切を感謝せよ。一切が自分であるぞ。一切が喜びであるぞ。(一月二十二日) (黒鉄の巻 第02帖 [(620)→619 26-2] *(763))

                   

                  芽を出したから間引かなならん。神示読んで、神示読まん人間と神示肚に入り込んでもう大丈夫と、神が見届けた人間と間引くのであるぞ。肚に入った芽は間引いて他に植ゑかへるのぢゃ。読んで読まんもの、間引いて肥料とするぞ。わざわざ遠い所へお詣りせんでも、自分の家にまつってあるのぢゃから、それを拝めば同じことぢゃ、それでよいのぢゃと理屈申してゐるが、格の上の所へ求めて行くのが仁義、礼儀と申すもの。キあれば必ず出来るのぢゃ。立替致さずにゆけば、この世はゆく程 悪くつまるのであるぞ。早うメザメよ。マツリせねば真理は通らん。子供にまつろはねば子供導けん道理。【自分判れば一切ありやか】。(一月二十二日) (黒鉄の巻 第07帖 [(625)→624 26-7] *(768))

                   

                   

                  1(火)帖から30(水)帖まで(781−810)

                  小の中心から3番目 793と798

                  祈りとは意が乗ることぞ。霊の霊と霊と体と合流して一つの生命となることぞ。実力であるぞ。想念は魂。魂は霊であり、霊の世界に属し、霊に生きるのであるぞ。ものは霊につけられたもの、霊の霊は、霊につけられたものであるぞ。ものにはものの生命しかない。真の生命は霊であるぞ。生命のもとの喜びは霊の霊であるぞ。霊の霊が主ざと申してあらう。奥の奥の奥の は大神に通ずる であるぞ。喜びであるぞ。 ある為に人間となり、人間なるが故に神となり、神なるが故に喜びであるぞ。他のいきものにも はあれど、外の であるぞ。(旧九月八日) (黒鉄の巻 第32帖 [(650)→649 26-32] *(793))

                   

                  宇宙は人間の心のままと申してあらうが。宇宙は未完成のものと申してあらうが。永遠に未完成であり、弥栄であるぞ。そこに生命あり、喜びあるのぢゃ。大神の中で、宇宙はなりなりてゐるのであるから、ナリ、永遠になるのであるぞ。不変の中に千変万化、自由自在の存在を与へてあるのぢゃ。(旧九月八日) (黒鉄の巻 第37帖 [(655)→654 26-37] *(798))

                   

                   


                  小の中心から3番目 631 - 720

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                    小の中心から3番目 631 - 720

                     

                    ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録がつづき計7巻で合計30巻をひとつの節とします。

                    31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻が補巻として添えられています。

                    すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

                    993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

                    993÷30=33あまり3

                    33個の小の中心があることがわかります。

                    この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

                    今回は小の中心から数えて3番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

                     

                    一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

                     

                    小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

                     

                     

                    1(火)帖から30(水)帖まで(631−660)

                    小の中心から3番目 643と648

                    伊豆幣帛(いづぬさ)を 都幣帛(とぬさ)に結び 岩戸ひらきてし。
                     ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、何と申したら判るのであるか、奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなってゐるから、囚われてゐるから、だまされるのぢゃ、霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか。早うめさめよ、因縁とは申しながら、かあいそうなからくどう申して聞かせてゐるのであるぞ、マコトの道にかへれよ、マコトとは 一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一 で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士(不二、普字)と申してあろうが、まだ判らんか。

                    (紫金の巻 第03帖 [(133)→982 39-3] *(644)→643)

                     

                    千引岩 今ぞあけたり 爽し富士はも。
                     神は宇宙をつくり給はずと申して聞かせてあろうが、このことよく考へて、よく理解して下されよ、大切なわかれ道で御座るぞ。福はらひも併せて行はねばならん道理。光は中からぢゃ、岩戸は中からひらかれるのぢゃ、ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましぞ、もう【よこしま】のものの住む一寸の土地もなくなったのぞ。(
                    紫金の巻 第08帖 [(138)→987 39-8] *(649)→648)

                     

                     

                    1(火)帖から30(水)帖まで(661−690)

                    小の中心から3番目 673と678

                    己の行 出来て居らんと、人の悪口 云はなならんことになるぞ。己の心 日々夜々改めねばならん。心とは身と心のことぞ。元の活神が直接の、直々の守護を致す時来たぞ。気つけおくぞ。国々、所々、村々、家々、皆 何なりとしてめぐりだけの借銭済し致しくれよ。大峠ぞ。早合点するなよ。小さい容れもの間に合はん。かのととり。一二十 (黄金の巻 第19帖 [(530)→529 24-19] *(674)→673)

                     

                    口で知らすこと判る人には、判るぞ。大切なことはミミに聞かしてあるぞ。天狗ざから、軽く見るから分らんのざぞ。神示はいらんのぢゃ、ふではカスぢゃぞ。皆 (テン)を見失ってゐるぞ。 (テン)あるのが判るまい。云ふてならん。仕組は出来上がらんと、人民には判らん。仕上げ見て下され。立派ぢゃなあ。【心】で悟りて下されよ。云ふだけで聞けば実地に出さんでもよいのぢゃ。実地には出したくないのぢゃ。この道理、よく悟りて呉れよ。実地に出しては人民 可哀さうなから、こらへこらへて くどう申してゐる内に、早うさとりて下されよ。かのととりの日。一二十 (黄金の巻 第24帖 [(535)→534 24-24] *(679)→678)

                     

                     

                    1(火)帖から30(水)帖まで(691−720)

                    小の中心から3番目 703と708

                    上の、一番の番頭、大将が悪いのではない。一の番頭がよくないのざ。親に背くはよくないが、真理に背くは尚悪い。眷族さんにも御礼申せよ。大神様だけでは仁義になりませんぞえ。月日様では世は正されん。日月様であるぞ。日月様が、 (ヒツキ)様となりなされて今度のイワトびらき、あけるぞ。ふで当分二を通じて出せよ。あたえよ。 と二と千とセとワとホとは、先づ奥山。十二月七日。一二十 (黄金の巻 第49帖 [(560)→559 24-49] *(704)→703)

                     

                    目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。心せよ。雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。悪を消化する胃袋、早うせねば間に合はん。梅干大切心の。五十二才 二(ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世。(十二月七日)一二十 (黄金の巻 第54帖 [(565)→564 24-54] *(709)→708)

                     

                     


                    小の中心から3番目 541 - 630

                    0

                      小の中心から3番目 541 - 630

                       

                      ひふみ神示の順番は上つ巻から海の巻までは23巻ですが、その後の24巻目は扶桑の巻で始まる五十黙示録がつづき計7巻で合計30巻をひとつの節とします。

                      31巻目は黄金の巻から始まり冬の巻までを合わせて総合計37巻、最後に月光の巻が補巻として添えられています。

                      すべての巻を帖にして順番をつけると993帖になります。

                      993帖の小の中心を簡単に書き出すことができます。

                      993÷30=33あまり3

                      33個の小の中心があることがわかります。

                      この小の中心から展開するとどんな意味が隠されているのでしょうか。

                      今回は小の中心から数えて3番目に該当する帖について10回に分けて見ていきましょう。

                       

                      一帖、三十帖、二帖、二十九帖と云ふ風に読み直して下されよ、三十帖一切りとして上下まぜまぜにして上下ひっくり返して読み直してくれよ。(海の巻 第02帖 (494)→493 23-2より引用)

                       

                      小乗の行と馬鹿にするでないぞ。理屈で神を割出したり、そろばんでハヂキ出したり、今の鼻高さんはしているなれど、何処まで行っても判りはせんぞ。土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。ほんとのこと知るには、ほんとの鍛練いるのぢゃ。たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。鍛えよ鍛えよ。鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。(春の巻 第19帖 [(676)→675 27-19] *(819)より引用)

                       

                       

                      1(火)帖から30(水)帖まで(541−570)

                      小の中心から3番目 553と558

                      白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、更に銀となり黄金となるぞ、これがミロクの世のあり方ぞ、五と五では動きとれん。そなたの足許に、来るべき世界は既に芽生へてゐるでないか。(星座の巻 第09帖 [(043)→892 34-9] *(554)→553)

                       

                      目から泥を洗ひ去ると見へてくるぞ、右の目ばかりではならん、左の目の泥も落せよ。泥のついてゐない人民一人もないぞ、泥落すには水がよいぞ、世の元からの真清(詞)水で洗ひ落し下されよ、世の元の元の元の真清(詞)水結構。(星座の巻 第14帖 [(048)→897 34-14] *(559)→558)

                       

                       

                      1(火)帖から30(水)帖まで(571−600)

                      小の中心から3番目 583と588

                      幽界霊も時により正しく善なることを申すなれど、それは只申すだけであるぞ。悪人が口先だけで善を語るようなものであるぞ、よいことを語ったとて直ちに善神と思ってはならん。よい言葉ならば、たとへ悪神が語ってもよいではないかと申すものもあるなれど、それは理屈ぢゃ、甘ければ砂糖でなくサッカリンでもよいではないかと申すことぞ。真の善言真語は、心、言、行、一致であるから直ちに力する、言葉の上のみ同一であっても、心、言、行、が一致しておらぬと力せぬ。偽りの言葉は、落ちついてきけばすぐ判るぞ、同じ「ハイ」と言ふ返事でも、不満をもつ時と喜びの時では違ふであろうがな。われは天照太神なり、などと名乗る霊にロクなものないぞ、大言壮語する人民はマユツバもの。(竜音の巻 第14帖 [(073)→922 35-14] *(584)→583)

                       

                      霊の発動をとめて、静かにする法は「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給へ」と三回くり返すこと。又「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと、又は「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと。世界そのものの霊かかり、日本の霊かかり、早うしづめんと手におえん事となるが、見て御座れよ、見事な事を致してお目にかけるぞ。(竜音の巻 第19帖 [(078)→927 35-19] *(589)→588)

                       

                       

                      1(火)帖から30(水)帖まで(601−630)

                      小の中心から3番目 613と618

                      人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生れたのであるぞ。故に同じ型、同じ性をもっているぞ、そのかみの天津神はイザナギ、イザナミの神と現われまし、成り成りの成りのはてにイザナギ、イザナミの命となり給ひて、先づ国土をつくり固めんとしてオノコロの四音の島をならし八尋殿(やひろどの)を見立てられたのであるぞ、これがこの世の元、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がるであろうが、八十となり、八百、八千と次々に拡がりて八百万(やをよろづ)となりなるのであるぞ。(至恩の巻 第05帖 [(103)→952 37-5] *(614)→613)

                       

                      国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地は智の神が治(し)らすのぞと知らしてあろうが、天運 正にめぐり来て、千(智)引の岩戸(言答)はひらかれて、これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。(至恩の巻 第10帖 [(108)→957 37-10] *(619)→618)

                       


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