地震の巻 第一帖

  • 2018.05.09 Wednesday
  • 02:33

地震の巻について

帖内の読み順
通常:1,30,2,29,3,28,4,27,5,26,6,25,7,24,8,23,9,22,10,21,11,20,12,19,13,18,14,17,15,16
反転:16,15,17,14,18,13,19,12,20,11,21,10,22,9,23,8,24,7,25,6,26,5,27,4,28,3,29,2,30,1
上記順番では句のつながりを感じられない場合:そのまま
以上3タイプを基本にして少しでも可能性ありそうな形式を書き出します。

 


 

底本の順序を句で分けると第01帖は全部で67句あります。

地震の巻 第01帖 (378)→377 17-1

101.われわれの一切は生れつつある。
102.神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。
103.太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている。

104.一定不変の神もなければ、宇宙もない。
105.常に弥栄えつつ、限りなく生れに生れゆく。
106.過去もなければ、現在もなく、未来もない。
107.只存在するものが生れに生れつつある。
108.生もなければ死もない。

109.善も思わず真も考えず美も思わない。
110.只自分自身のみの行為はない。
111.只生れゆき栄えゆくのみである。
112.善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。
113.故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。
114.何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからである。
115.思うことは行為することである。

116.生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。
117.存在は生命であり、生れつつあるもの、そのものである。
118.何ものも、それ自らは存在しない。

119.弥栄しない。
120.必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。
121.また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。
122.地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆく。
123.また、地上人は、地上に生き、地上に向って進みゆく。

124.また、地上人は、死後に生き、死後に向って進みゆく。
125.しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。
126.善でもなく、悪でもなく、只生れつつあるのみ。
127.霊人に空間はない。
128.それは、その内にある情動によって定まるが故である。
129.また、その理によって一定せる方位もない。
130.また時間もなく只情動の変化があるのみである。

131.地上人は、肉体を衣とするが故に、宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。
132.創造されたものならば、永遠性はあり得ない。
133.宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生れつつある。

134.その用は愛と現われ、真と見ゆるも、愛と云うものはなく、また、真なるものも存在しない。
135.只大歓喜のみが脈うち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつ弥栄するのである。
136.存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。
137.それは �� であり、�� なるが故である。
138.�� は大歓喜の本体であり、�� はその用である。

139.それは、善でもなく悪でもない。
140.真でもなく偽でもない。
141.美でもなく醜でもない。
142.また愛でもなく憎でもない。
143.プラスでもなければマイナスでもない。
144.しかし、善の因と真の因とが結合し、悪の因と偽の因とが結合し、美の因と愛の因とが結合し、醜の因と憎の因とが結合して、二義的には現われ、働き、存在として、またはたらく。
145.善因は偽因と結合せず、悪因は真因と結合しない。

146.これらの総ては、これ生みに生み、成りに成りて、とどまるところを知らない。
147.それは、神そのものが絶えず、鳴り成り、成り鳴りてやまず、止まる所なく生長し、歓喜しつつあるがためである。
148.神が意志するということは、神が行為することである。

149.そして、さらに神の行為は、弥栄であり、大歓喜である。
150.神の歓喜をそのまま受け入れる霊人とは、常に対応し、地上人として地上に生命し、また霊人として霊界に生命する。
151.神の歓喜を内的にうけ入れる霊人の群は無数にあり、これを日の霊人と云う。
152.神の歓喜を外的にうけ入れる霊人の群も無数にあり、これを月の霊人と云う。
153.月の霊人の喜びが、地上人として地上に生れてくる場合が多い。

154.日の霊人は、神の歓喜をその生命に吸い取るが故に、そのままにして神に抱かれ、神にとけ入り、直接、地上人として生れ出ることは、極めてまれである。
155.月の霊人は、神の歓喜をその智の中にうけ入れる。
156.故に、神に接し得るのであるが、全面的には解け入らない。
157.地上人は、この月の霊人の性をそのままうけついでいる場合が多い。
158.日の霊人は、神の歓喜を、そのまま自分の歓喜とするが故に、何等それについて疑いをもたない。
159.月の霊人は、神の歓喜を歓喜として感じ、歓喜としてうけ入れるが故に、これを味わわんとし、批判的となる。
160.ために二義的の歓喜となる。

161.故に、日の霊人と月の霊人とは、同一線上には住み得ない。
162.おのずから、別の世界を創り出すが故に、原則としては、互に交通し得ないのである。
163.この二つの世界の中間に、その融和、円通をはかる霊人と、その世界が存在する。
164.これによって、二つの世界、二つの生命集団が円通し、常に弥栄するのである。
165.地上人と霊人との間も同様、直接、全面的な交流はあり得ない。
166.それは、別の世界に住んでいるためであって、その中間の半物、半霊の世界と、霊人がいて、常にその円通をはかっている。
167.以上の如くであるから、日と月、愛と信、善と美も、本質的なものではなく、二義的なものである。

 

 


 

地震の巻第一帖67句を3・5・7調で切って読んだ順序

【地震の巻句を読む】
【既存の形式で】

句の順序:そのまま

地震の巻第一節【001-030】

[地震の巻 第01帖 (378)→377 17-1]
101.

われわれの一切は生れつつある。
102.

神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。
103.

太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている。

 

104.

一定不変の神もなければ、宇宙もない。
105.

常に弥栄えつつ、限りなく生れに生れゆく。
106.

過去もなければ、現在もなく、未来もない。
107.

只存在するものが生れに生れつつある。
108.

生もなければ死もない。

 

109.

善も思わず真も考えず美も思わない。
110.

只自分自身のみの行為はない。
111.

只生れゆき栄えゆくのみである。
112.

善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。
113.

故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。
114.

何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからである。
115.

思うことは行為することである。

 

116.

生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。
117.

存在は生命であり、生れつつあるもの、そのものである。
118.

何ものも、それ自らは存在しない。

 

119.

弥栄しない。
120.

必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。
121.

また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。
122.

地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆく。
123.

また、地上人は、地上に生き、地上に向って進みゆく。

 

124.

また、地上人は、死後に生き、死後に向って進みゆく。
125.

しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。
126.

善でもなく、悪でもなく、只生れつつあるのみ。
127.

霊人に空間はない。
128.

それは、その内にある情動によって定まるが故である。
129.

また、その理によって一定せる方位もない。
130.

また時間もなく只情動の変化があるのみである。

 

131.

地上人は、肉体を衣とするが故に、宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。
132.

創造されたものならば、永遠性はあり得ない。
133.

宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生れつつある。

 

134.

その用は愛と現われ、真と見ゆるも、愛と云うものはなく、また、真なるものも存在しない。
135.

只大歓喜のみが脈うち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつ弥栄するのである。
136.

存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。
137.

それは であり、 なるが故である。

138.

は大歓喜の本体であり、 はその用である。

 

139.

それは、善でもなく悪でもない。
140.

真でもなく偽でもない。
141.

美でもなく醜でもない。
142.

また愛でもなく憎でもない。
143.

プラスでもなければマイナスでもない。
144.

しかし、善の因と真の因とが結合し、悪の因と偽の因とが結合し、美の因と愛の因とが結合し、醜の因と憎の因とが結合して、二義的には現われ、働き、存在として、またはたらく。
145.

善因は偽因と結合せず、悪因は真因と結合しない。

 

146.

これらの総ては、これ生みに生み、成りに成りて、とどまるところを知らない。
147.

それは、神そのものが絶えず、鳴り成り、成り鳴りてやまず、止まる所なく生長し、歓喜しつつあるがためである。
148.

神が意志するということは、神が行為することである。

 

149.

そして、さらに神の行為は、弥栄であり、大歓喜である。
150.

神の歓喜をそのまま受け入れる霊人とは、常に対応し、地上人として地上に生命し、また霊人として霊界に生命する。
151.

神の歓喜を内的にうけ入れる霊人の群は無数にあり、これを日の霊人と云う。
152.

神の歓喜を外的にうけ入れる霊人の群も無数にあり、これを月の霊人と云う。
153.

月の霊人の喜びが、地上人として地上に生れてくる場合が多い。

 

154.

日の霊人は、神の歓喜をその生命に吸い取るが故に、そのままにして神に抱かれ、神にとけ入り、直接、地上人として生れ出ることは、極めてまれである。
155.

月の霊人は、神の歓喜をその智の中にうけ入れる。
156.

故に、神に接し得るのであるが、全面的には解け入らない。
157.

地上人は、この月の霊人の性をそのままうけついでいる場合が多い。
158.

日の霊人は、神の歓喜を、そのまま自分の歓喜とするが故に、何等それについて疑いをもたない。
159.

月の霊人は、神の歓喜を歓喜として感じ、歓喜としてうけ入れるが故に、これを味わわんとし、批判的となる。
160.

ために二義的の歓喜となる。

 

161.

故に、日の霊人と月の霊人とは、同一線上には住み得ない。
162.

おのずから、別の世界を創り出すが故に、原則としては、互に交通し得ないのである。
163.

この二つの世界の中間に、その融和、円通をはかる霊人と、その世界が存在する。
164.こ

れによって、二つの世界、二つの生命集団が円通し、常に弥栄するのである。
165.

地上人と霊人との間も同様、直接、全面的な交流はあり得ない。
166.

それは、別の世界に住んでいるためであって、その中間の半物、半霊の世界と、霊人がいて、常にその円通をはかっている。
167.

以上の如くであるから、日と月、愛と信、善と美も、本質的なものではなく、二義的なものである。

 

 


 

句の順序:反転タイプ
地震の巻 第01帖 (378)→377 17-1

116.

生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。
115.

思うことは行為することである。
117.

存在は生命であり、生れつつあるもの、そのものである。

 

114.

何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからである。
118.

何ものも、それ自らは存在しない。
113.

故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。
119.

弥栄しない。
112.

善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。

 

120.

必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。
111.

只生れゆき栄えゆくのみである。
121.

また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。
110.

只自分自身のみの行為はない。
122.

地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆく。
109.

善も思わず真も考えず美も思わない。
123.

また、地上人は、地上に生き、地上に向って進みゆく。

 

108.

生もなければ死もない。
124.

また、地上人は、死後に生き、死後に向って進みゆく。
107.

只存在するものが生れに生れつつある。

 

125.

しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。
106.

過去もなければ、現在もなく、未来もない。
126.

善でもなく、悪でもなく、只生れつつあるのみ。
105.

常に弥栄えつつ、限りなく生れに生れゆく。
127.

霊人に空間はない。

 

104.

一定不変の神もなければ、宇宙もない。
128.

それは、その内にある情動によって定まるが故である。
103.

太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている。
129.

また、その理によって一定せる方位もない。
102.

神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。
130.

また時間もなく只情動の変化があるのみである。
101.

われわれの一切は生れつつある。

 

146.

これらの総ては、これ生みに生み、成りに成りて、とどまるところを知らない。
145.

善因は偽因と結合せず、悪因は真因と結合しない。
147.

それは、神そのものが絶えず、鳴り成り、成り鳴りてやまず、止まる所なく生長し、歓喜しつつあるがためである。

 

144.

しかし、善の因と真の因とが結合し、悪の因と偽の因とが結合し、美の因と愛の因とが結合し、醜の因と憎の因とが結合して、二義的には現われ、働き、存在として、またはたらく。
148.

神が意志するということは、神が行為することである。
143.

プラスでもなければマイナスでもない。
149.

そして、さらに神の行為は、弥栄であり、大歓喜である。
142.

また愛でもなく憎でもない。

 

150.

神の歓喜をそのまま受け入れる霊人とは、常に対応し、地上人として地上に生命し、また霊人として霊界に生命する。
141.

美でもなく醜でもない。
151.

神の歓喜を内的にうけ入れる霊人の群は無数にあり、これを日の霊人と云う。
140.

真でもなく偽でもない。
152.

神の歓喜を外的にうけ入れる霊人の群も無数にあり、これを月の霊人と云う。
139.

それは、善でもなく悪でもない。
153.

月の霊人の喜びが、地上人として地上に生れてくる場合が多い。

 

138.

は大歓喜の本体であり、 はその用である。
154.

日の霊人は、神の歓喜をその生命に吸い取るが故に、そのままにして神に抱かれ、神にとけ入り、直接、地上人として生れ出ることは、極めてまれである。

137.

それは であり、 なるが故である。

 

155.

月の霊人は、神の歓喜をその智の中にうけ入れる。
136.

存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。
156.

故に、神に接し得るのであるが、全面的には解け入らない。
135.

只大歓喜のみが脈うち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつ弥栄するのである。
157.

地上人は、この月の霊人の性をそのままうけついでいる場合が多い。

 

134.

その用は愛と現われ、真と見ゆるも、愛と云うものはなく、また、真なるものも存在しない。
158.

日の霊人は、神の歓喜を、そのまま自分の歓喜とするが故に、何等それについて疑いをもたない。
133.

宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生れつつある。
159.

月の霊人は、神の歓喜を歓喜として感じ、歓喜としてうけ入れるが故に、これを味わわんとし、批判的となる。
132.

創造されたものならば、永遠性はあり得ない。
160.

ために二義的の歓喜となる。
131.

地上人は、肉体を衣とするが故に、宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。

 

161.

故に、日の霊人と月の霊人とは、同一線上には住み得ない。
162.

おのずから、別の世界を創り出すが故に、原則としては、互に交通し得ないのである。
163.

この二つの世界の中間に、その融和、円通をはかる霊人と、その世界が存在する。
164.

これによって、二つの世界、二つの生命集団が円通し、常に弥栄するのである。
165.

地上人と霊人との間も同様、直接、全面的な交流はあり得ない。
166.

それは、別の世界に住んでいるためであって、その中間の半物、半霊の世界と、霊人がいて、常にその円通をはかっている。
167.

以上の如くであるから、日と月、愛と信、善と美も、本質的なものではなく、二義的なものである。

 

 

 

 

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM